
現在、世界中で戦場におけるロボット使用が加速している。
イラクでは、アメリカの無人戦闘機による民間人の命を奪う事故も数多く報告されている。
かつて人々の夢であったロボットの技術は、今、命を狙う殺戮兵器に姿を変えて戦場に浸透しつつある。
これは日々一刻と拡大しつつある揺るぎのない事実であり、もはや他人事ではなくなってきている。
今こそ一度立ち止まり、この問題について再度検証する必要があるのではないだろうか。
今回、この世界規模での技術乱用における問題を、
第一回「倫理的問題点」
第二回「新しい基準」
第三回「技術の平和的利用」
に焦点をあてて取り扱っていきたいと思う。

英国Sheffield大学の教授Sharkeyは、「自動殺戮ロボットは人類の脅威になるだろう。」と予測する。
ロボット技術が近年急激に向上した結果、2009年現在、アメリカだけでも既に1万2000体もの人工知能を持ったロボットが戦場に送り込まれたという。
Sharkeyは、それらのロボットの技術は、人の助けなしで人間のターゲットを認識し、それらにロックオンするまでに至る語る。
そして彼は、軍の最終的な目標は、戦場での兵士のリスクを一切持たない全自動の戦闘ロボットを大量生産することである指摘する。
未だにそれらの技術に対する熟考された倫理観や、厳格な国際的な制限のない現在、それらの技術は確実に我々人類の脅威となりつつある。

めまぐるしく技術の進歩し続ける近年、この新しい時代に対する倫理観の成熟の遅れが度々指摘される。
それゆえ、この問題に取り組む際に一つの大きな鍵となるのは、これらに対する明確な倫理的なガイドラインの設置をすることだといえる。
Science Magazineの中でSawyerは「殺戮ロボットというのはSFにおける十八番だ」と言う。
そして彼は、Issac AsimovのI, robotなど、そういったSFの中から、それらの解決策を見いだせるのではないかと提案する。
Defense Review MagazineにおいてRogersは「米軍が武装ロボットをイラクに派遣したことは、Asimovの描いたロボット三原則の第一条を破る可能性がある。」と嘆く。
SF作家Asimovは1942年、彼の小説の中で現代のロボティックスにおいても未だに多く議論が繰り広げられる、ロボット工学三原則を発案した。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
Sawyerによると、これらは、ロボットのハードウェア的な観点においてこれは現実的ではなく、実現されなかった。
しかし彼はこれをベースとした新しい草案を作成しようという、韓国のロボット倫理憲章などに見られる行政レベルの試みを紹介する。
これら、戦場におけるロボット技術を扱う問題は一見新しい問題のように思えるが、この問題自体はもう長く多くのフィクションの中で議論されてきたテーマでもある。
そしてSawyerは、それらのSFは、今後そういった法を作り上げていく中で、大きな手がかりとなるだろうと語る。
従って、もしかしたらSFをベースとしたガイドラインの作成も一つの手なのかもしれない。
一方で、Sharkeyやブルッキングス研究所のP.W. Singerは、人間自身の倫理的責任を追及する重要性を指摘する。
Sharkeyは、ロボット倫理ガイドラインは、人間の責任の欠如のためにこそ必要とされると主張する。
多くの人々がロボット自身の倫理を語る一方で、Sharkeyはロボットは多くのフィクションで描かれるように自分自身で考えて行動するほど進化していない。
それ故に今必要なのは人間に対する倫理であると考える。
同様に、Singerも「もしロボットが暴走して人を殺戮したらどうなるのか」という質問に対して、人間の責任感の重要性を強調し、問題が発生したときの責任の帰属の不透明性を抱える現状を紹介した。
彼は、ペンタゴンの科学者の「仮にロボットが間違った人を殺したとして、それは単に不良品回収に至るだけだ。」という発言を例に挙げ、一刻も早い人間自身のロボット技術に対する倫理観の議論が必要であり、さもなければ、前の世代が犯した原子爆弾の過ちを繰り返すことになると警告する。
これら倫理ガイドラインの制定は、戦場におけるロボット技術の乱用問題に対して、我々一般の人々にも疑問呈するきっかけになり得るのではないだろうか。
(記事の実配信日時: 2009-07-31 15:56:57)

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